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電動車いす (エンジョイ編)

・・・[トライ編]からの続き

 そうして苦労の末、やっと高2で乗り始めた電動車いす(以下、電動)ですが、もちろんすぐに外に出られるはずもなく、初めのうちは学校の中で練習をしていました。最初はみんな近寄りませんでしたね!「うわっ、武が来た!逃げろ!」ってね・・・。(笑)そんなみんなの期待に応えるように(?)、ガンガン周りにぶつかっていました。(笑)
 そして、初めて先生に言われた[条件]、[自分で自分の体を制御する]の意味がわかったのです。電動に乗るには、それなりに体力も要るのですが、それ以上に、なんて言うんだろ、、そう、まさに“制御”なんですよ!それは例えば、乗っている姿勢だったり、運転しているときに変に力を入れないことだったり、急発進・急ハンドル・急停止はしないように落ち着きを保つだったり・・・いろんな要素が入っているんですよね。そういう諸々のコントロールができないと、実際の運転はままならないなと実感しました。私みたいに、邪念やら欲望の強かった人間には、なかなか手強かったですね!(笑)だって、目の前で楽しいことがあったり、当時あこがれだった先生が目の前をフワァーっと通ったら、そら急発進もするでしょ! 何度、そばに立っていた人の足を踏んだことか・・・。(笑)
 そうして2、3ヶ月は室内で練習したと思います。少しずつ教室の外や、最初は屋上だったかな、、室外にも出るようになっていきました。まぁ、外って言っても校内ですからね。。感覚的にはあまり変わらなかったと思います。こっちはもう、それが物足りなくて仕方なくて先生に「早く外に出たい!」とゴネた記憶があります。

 そしてついに“路上実習”が始まりました。
 放課後、先生に付いてもらって、まずは学校のまわりを一周。。さらに近くの公園や商店街へと距離を伸ばしていき、少しずつ慣らしていきました。こっちは、やっとの思いで外に出られたうれしさで、はしゃいでいると「武、前見て走れ!」だの「まじめにやれ!」と先生にたしなめられ・・・。(笑)
 当時のあの何も根拠のない自信は何だったんでしょうね、、「こんなの全然余裕じゃん!」と心の中で思っていた覚えがあります。「これが終われば自主通学ができる」とウキウキでした。さらに、実際の通学路を先生と決め、何度か先生に付いてもらって練習をし、確か冬休みの終業式の日だったと思いますが、ようやく自宅に電動がやって来ました。
 もちろん、休み中もジッとしている訳もなく、外に出たくてウズウズしていました。確か最初に行ったのは、のちに入り浸ることになる近くの本屋(兼レンタルCD屋)だったと思います。何を買ったかは(いや、何も買わなかったのか?)は忘れてしまいましたが、覚えているのは道中、歩道が狭くて初っぱなから車道を走った記憶があります。(今考えるとゾッとします。笑)

 冬休みが明けて、いよいよ自主通学が始まりました。それまではスクールバスで通っていたので、初めのうちはスクールバスにも乗りつつ、徐々に慣らしていった記憶があります。バスの運転手さんも「バス停にいなかったら通り過ぎるから、いちいち(「乗らない」と)言わなくてもいいよ」と言ってくれてありがたかったですね。
 放課後も、しばらくはすぐに帰っていたのですが、だんだん慣れてくると自主通学している先輩や後輩とダベったり(死語!)仲のいい先生とダベったりして、そうすると真面目な怖い先生に「お前ら早く帰れ!」怒られたりしてね。「あー、これこれ!」って思いましたね!(笑)
 さらに慣れていくと、ついに寄り道が始まるわけですよ。(笑)またちょうど帰り道の中間地点に、できたばかりのコンビニがあってね。。(オレンジと緑のヤツです。笑)当時はまだまだコンビニも珍しい時代だったので、前を通ると“つい”入りたくなっちゃうんですよね。。ただ、当時は小遣いが2,000円だったので、そう毎日は寄れませんでした。そして、コンビニよりも多く寄り道したのが前述の本屋です。そこは、本の売り場とレンタルCD・ビデオがあって、私はレンタルCDに入り浸っていたわけです。最初だけ母親と一緒に行って会員証を作って、あとはもう行き放題でした。(笑)以前も書きましたが、CDを借りて家でカセットテープにダビングしてね。。ある意味、この時期に私の音楽的アイデンティティが生まれたような気がします。ただ、あんまり寄り道しすぎると帰って母親に怒られるっていう。。(笑)だから当然、返すCDもこっそり学校に持って行っていました。使っているカバンの、教科書を入れる所じゃないチャックの部分に隠して、帰りに寄ったりしましたね。

 表向き、私の当初の目的は自主通学だったのですが(笑)、それが無事達成して今度は次の興味(欲求?)が出てきました。一人で外に出られるようになって、まず考えるのは“友達と遊ぶこと”と“好きな店に買い物に行くこと”です。それまでは店に寄ると言っても学校の帰りなので、範囲が限られていました。
 私が通っていた養護学校(現・特別支援学校)って学区がめちゃくちゃ広くて、仲の良かった友達はほとんど隣の市に住んでいたんですね。だから友達と遊ぶとなると、必然的に私が出向くことが多くなるわけです。(というより、当時はうちの市は遊ぶところが無かったんですけどね。笑)それでも、うれしくて調子に乗ってホイホイ出かけてましたね。(笑)遊ぶところと言えば、(いろんな店舗が入っている)大型スーパーだったり、ファミレスだったり今思うと何てことない所なんですけど、当時は友達と一緒にいるというだけで楽しかったんでしょうね。(笑)夏なんかはその大型スーパーで花火を買って、日が落ちるまでファミレスでうだうだ過ごして、それで近くの公園で花火をするっていう、、何とも“ヤカラチック”な遊び方でした。(笑)そこで考え出したのが[爆竹鬼ごっこ]です。(詳細は残念ながら自粛させていただきます。笑)で、気が付くと8時9時で、急いで帰って母親に怒られるっていうね。(笑)学校を卒業しても、近くで会えるヤツとはちょくちょく遊んでましたね。

 そして、もちろん会うのは友達だけではありません。当時、好きだった人をね。。あの手この手で誘うわけですよ!(笑)初めて二人で会ったのは高校を卒業して数日後のことでした。場所は上の大型スーパーです。(ワンパターンだな!笑)
 その人は小学校から同級生の幼なじみで、のちに職場も一緒になりました。私が5年生の時に転校してきた時からずっと気になる人で、(まぁ、、途中何度か“よそ見”(“わき見”?)したこともあったんですけどね。笑)何とか二人で会いたいなぁと思ってね、、色いろと策を練ったもんでした。(笑)この時も、そのまま誘うと警戒されるんで友達に頼んで「みんなで遊ぶんだけど、来ない?」って誘ってもらってね!来てみたら私一人が待っているっていう・・・。ドラマでありがちなパターンをベタにやってしまいました。(笑)当時はこんなこと平気でできちゃったんですよね。。いかに浮かれてたか。。(笑)その日は、その人も「しょうがないなあ」と言いながら一日付き合ってくれました。
 その後、職場が一緒になりました。帰る方向も同じだったので、私としてはそりゃあ誘いたくなりますよね!(笑)もう、あの手この手を使って何とか誘うわけですよ!「帰り、メシでもどう?」から始まって「給料入ったし、メシ行くか!」は定番でした。(笑)それとか、店の前を通る直前に「メシどう?」と急に振って、動揺させて思わず「うん」と言わせるような姑息な手も使いました。(笑)だいたい3回に1回、これで成功しましたね。。(一見、残念そうに思われそうですが、実はその“駆け引き”がお互いに楽しかったんだと思います。笑)こうして時々二人で“お食事”に行ったもんでした。

 さらに慣れてくると、今度は電車でどこかに行こうという話になりました。若い時っていうのは、本当に無茶なことも出来てしまうんですよね。。(笑)電車に乗ろうと思ったきっかけはもちろん不純なのですが(もちろんかよ!笑)、これはさすがに母親も「あんた、大丈夫なの?」と心配されました。ただ、その時にはもう完全に“電車に乗るモード”になってて、何とかして乗る方法を考えるわけですよ!(アホですね!笑)要は乗り降りの時に駅員さんとコミュニケーションが取れればいいので、行き先をメモに書いてそれを見せるという方法を考えました。それでもやっぱり初めて乗った時はドキドキでしたね。ただ、一度成功しちゃったらもうこっちのもんでね。友達と新宿に遊びに行ったり、慣れてくると「じゃぁ、西武新宿の改札で待ち合わせね」「アルタ前で待ち合わせね」ということにもなりました。一時期は、毎週のようにアルタにお笑いライブを見に行ってましたね。。今考えると、よくあんなこと出来たなぁとちょっとゾッとします。(笑)


 現在でも電動に乗る時は一人で出かけることが多いのですが、もちろん多少の不安もあります。万が一、トラブルに遭っても言葉が不自由なので、うまくコミュニケーションができないかもしれません。でもね、、それ以上に何て言うんだろ、“一人で出られるという開放感”??(笑)誰にも頼らずに自分の好きな所に行けるというのが嬉しいですよね。また、これは人にもよりますが私の場合は性格的に誰かと一緒に出かけるのがちょっと苦手なんですよね。。どうも気つかってね、、疲れちゃうというか・・・。(決してイヤではないんですよ)だったら一人でサッと出かけちゃった方が早いなと思ってしまいます。(笑)確かに誰かが一緒に居てもらえば、何かと助けてもらえるかもしれません。私の場合、トイレなんですよね。。あと、食事も最近は難しくなってきたので、それが一人でできればもっと自由に出かけられるんですけどね。
 ただ、一人で出かけると困ったことが起こった時に、周りにいる人が助けてくれることがあります。買い物に行けば「何か取りましょうか」と声をかけてもらえるし、以前も書きましたが、歯医者や病院に行けば受付も手伝ってくれます。道を歩いていても、向こうから自転車が来れば譲ってくれますし、逆にこっちが譲れば挨拶を返してもらえることもあります。こういう何気ない優しさは、もしかすると付き添いの人がいたら触れられないかもしれません。もちろん優しい人ばかりではありませんが、私はこういうやり取りがしたいから一人で出かけるのかもしれませんね。だって嬉しいじゃん!(笑)知らない障害者のおっさんに手を貸してくれるなんてさぁ。こういうちょっとした優しさに触れるたびに私はちょっと感動してしまいます。
 それと同時に、同じコミュニティの中に居ることも実感できます。往々にして障害者というのは子どもの頃から特別扱いされて、ケアはされているものの、正直どこか“蚊帳の外感”がありました。それが、電動に乗って一人で外に出るようになって、[個人]として見てもらえて普通に声をかけてもらえるのは本当にありがたいし、嬉しいですよね。

 確かに一人で出かけるのはそれなりのリスクもあるし、大変なことも多くあります。ただ、大変ではあるけど気楽ですよね。もちろん、誰かと一緒に出かければ楽しいのですが、一人のときの身軽さというかね、、シンプルに目的だけを達成できるところが性に合ってるんですかね。
 せっかく、やっとの思いで乗ることができた電動ですからね。『一人で出かけられる』というプライド(ちっさいプライドなんですけどね。笑)は持ち続けられたらと思います。

関連項目
電動車いす (トライ編)
地域で暮らす
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