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エコとUDとやわらかいペットボトル

 うーん、、20年前に流行ったタイトルの付けかただな。。(あの歌ですね!) 今回は[エコ]と[UD]という2大テーマの話です。なぜこんなことを書こうと思ったかというと、今、私がエコという強大なパワーに負けそうになっているからです。 って、お前何者だよ!(笑)

 これまでの流れを見ていると、だいたいにしてエコとユニバーサルデザイン(以下UD)というのは相性が良いようで、なにかと組み合わせて取り上げられることが多くあります。それは例えば考え方が似ていたり、新しいコンセプト・もしくは“ウリ”として両者ともこれから注目されているという共通点もあります。例えばエコは環境にやさしく、UDは人にやさしくといったようにどちらも“やさしさ”というものをうたっています。何か新しい商品やサービスが出るときは必ずこの両者がともにパワーアップされます。ま、企業にとってもどちらもイメージの良い言葉なので、ついつい一緒に使いたくなるんでしょうけどね。

 エコというのは環境の問題もありますが、もうひとつ「節約」という側面もあります。一方、UDも使いやすさという言葉のほかに「効率性」という要素があります。どちらも生活をシンプルで快適にするというのが、同じ目標のようにも思えます。
 ただ、中には相性の悪いものも出てきてしまいます。最近、私がちょっと苦戦しているのがペットボトルなんです。最近のペットボトル、、やたら容器がやわらかくなったと思いませんか? 中には手で絞って小さくできるものまで出てきました。私はあれ、、苦手ですねぇ。。
 普通は片方の手でボトルを持って、もう片方の手でキャップをひねって開けますが、私の場合は膝にボトルを挟んでキャップを開けます。ボトルがやわらかいとキャップがあいた途端にボトルが潰れて中身が噴き出てしまい、ズボンと床がびしょ濡れになってしまいます。かといってそっと挟むと今度はボトルも一緒に回ってしまって開けることができません。。挟む力を調節したり、キャップの回し方を工夫したりしていっつも苦労するんですよ! また、私は自分で作った麦茶を使い古しのペットボトルに入れてもらって、それを飲んでるんですね。そうすると、毎回やわらかいボトルだと膝に溢れさせてしまいます。夏はちょっと涼しいんですけどね。。毎回ちょっとした敗北感を覚えます。(笑) そういえば、このあいだ某リチャード・ギアがCMをしている某フランスの某オレンジのソーダを買ってみたところ、ボトルがメチャメチャ堅くて丈夫でした。あれって、フランスから商品を輸入しているんですかね?日本じゃ今どきあんな堅いものはないですもんね。。 (あ、でもラベルは日本語だから日本で作ってるのかな?) 私はちょっとうれしかったです。(笑)

 技術の向上により、ボトル原料の使用量を少なくできるようになったことで、その分、薄くやわらかくなりました。エコという視点で見ると至極当然の考え方であり、その時点で目的は達成され完結ということになります。ところがUDの視点で見ると、上のような問題も出てきてしまいます。ただ、このような問題は私や一部の人だけのケースで、大多数の人には影響ありません。 ・・・ということは、UDについても問題ないのかな・・・? ボトルがやわらかくなることで不便になる人よりも便利になる人が多ければUDでも目標達成ということになもります。

 多くの人は、手で包むようにしてボトルを持ちます。そうするとボトルの周りに均等に力がかかるので、多少強く握っても潰れることはありません。ところが、二方向から挟む力にはめっぽう弱くなり、キャップがゆるんだ途端に潰れて中身が噴き出てしまいます。そうか、、潰れやすいというのは利点でもあり、欠点でもあるんですね。それを使っている人が何を求めているか。何に重きを置くかでそのモノの価値基準も変わってきます。UDというひとつの要素では解決できたものが、エコという違った要素が加わることによって別の結果が出てくることがあります。そういう意味では純粋にUDだけを追求した方が利用できる人が増えるかもしれません。ただねぇ、、何せ“エコ”っていう言葉にはいろんな意味で絶大なパワーがあるんですよねぇ。。企業にとってはUDよりエコの方が絶対、好感度も認知度も高いし、優先順位も高いはずです。それに、原料が減らせればコストも下がってメリットもあります。結局、企業は利益を求めるので[エコ]と[UD]の良いとこ取りになってしまうんでしょうね。これは当然の理屈です。

 確かにエコとUDは考え方が似ています。ただ、だからと言って同一線上でものを考えると、どっちも中途半端になってしまう可能性があります。まずは両者が別々に取り組んだ上で、それを持ち寄って折り合いを付けていくことが大事なような気がします。結果、それで使いづらい人が出てきてしまうのは、もうしょうがないのでしょうね。 で、今回は私は溢れたと!


 ・・・ということは、自助具の出番ですな!
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