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ネットと多様性

 私はパソコン通信の時代も含めてもう30年近くネットと関わってきました。インターネットを始めてからも、もう20年ぐらいになります。SNSの普及により今でこそ一般的になったネットですが、30年前は一部の人たちがひっそりと楽しむもので、まさかこんなに大規模なものになろうとは思ってもいませんでしたね。

 とは言っても、今の人はパソコン通信なんて知らんよね。。今で言うBBSや掲示板(これも死語か??笑)のようなものですが、昔は電話回線を使って通信していました。全国的なものもありましたが、個人で運営している局も多くあったので規模も小さく、ほとんどが同じ局番の中の人たちでやり取りをしていました。だから話の内容も超ローカルでね!(笑)私が入っていた所では「あそこの店はうまい」だとか「この前、どこどこで(メンバーの)○○さん見かけたよ」だとかっていう話題が多かったですね。それに同じ地域に住んでいるので、オフ会がしょっちゅうありました。全体的なものはもちろん、3、4人でミニオフ会なんていうのもしょっちゅうあって、楽しかったですね。当時、私は18、9で最年少でした。障害者も私ともう一人だけで、あとは年も職業もバラバラでいろんな立場の人たちがいましたね。メンバーは10~15人で、本当に何でも話せる良い仲間でした。私の場合、それまでは障害者ということで見た目で判断されてしまうことが多く、話をする前から斜に構えられることがあったのですが(笑)、このパソコン通信というものは会う前から“会話”をしてますからね、実際にオフ会で会った時も普通にしゃべってもらえたんですよね。。(あ、でも見た目はちょっとビックリしてたかな。笑)こういった経験は初めてだったので、ネットの居心地の良さや解放感といったものを感じた覚えがあります。私にとってネットの中は、障害(特に言語障害)を感じずにいられる場所になったのです。

 一方、インターネットは全国的、というか世界的ですよね。私は初めてホームページというものを見たとき、楽しさ・華やかさでワクワクしたのを覚えています。あ、そういえば20年前に始めたときも最初は電話回線でやってましたね。。だから写真の読み込みが遅いこと!(笑)動画なんて、もってのほかでしたね。電話代がかかるので、3分以内で見たいページをザーッと取り込んで、電話を切った後にキャッシュで読むというね、、そんなワザもありました。(笑)

 規模もスピードもパソコン通信とは違うインターネットですが、それ以上に違うものがあります。
 コミュニケーションのしかたというのかなぁ、、利用目的というのかなぁ、、。私自身もそうなんですが、インターネットって、コミュニケーションというよりは情報や知識を得るというような利用法が多いのではないでしょうか。もちろんインターネットでも掲示板等はあって、私も始めたばかりの頃は書き込みをしていました。でもね、、なんか、つまんないんですよ。。(笑)システムや使い方はパソコン通信と同じなのですが、“距離感”とでも言うのかな。。日本全国の人と話ができるのはいい反面、直接会ったりすることも難しくなるので、関係性が薄くなりがちです。ましてや、誰が見ているかわからないので、どうしても上っ面の話しかできませんよね。
 まぁねぇ、、深い話はメールですればいいじゃないかという話もありますが、深い話も掲示板でできるほどパソコン通信時代の仲間は近かったので、インターネットの掲示板は逆に物足りなさを感じてしまいました。もっとも、あまり身内話ばかりされても見ている方もイヤですけどね。(笑)だから、その辺はバランスですよね。。広く浅くが良いか狭く深くが良いか、なかなか広く深くというのは難しそうです。私は古い人間なので、きっかけはネットにしろ直接会わないと本当にコミュニケーションができているのか不安になるんです。(そう、“飲みニケーション”世代です!笑)
 というより、今の人はそもそもが深い話というものを必要としていないのかもしれませんね。私の頃は仲間を見つけちゃあ深い話(ちょっとアヤしい話)をして喜んでいたものでした。(笑)それが“仲間づくり”の楽しみの一つだったように思います。「ここだけの話だけどね!」とか、、「みんなの前では言えないんだけどね!」とか・・・。今は、そんな話をしようもんならウザいだのキモいだのと言われてしまいそうです。(笑)

 そしてSNSですよ。。

 私はねぇ、、あれ、苦手だなぁ。。(笑)
 私もこういったSNSのIDはいくつか持っています。はじめのうちは書き込みもしていたのですが、どうも私には合わなかったですね。。
 実際にやってみての感想は、なんだか小学生の子がお母さんに「今日ね、学校でこんなことがあって、こんなことがあって、こーんなことがあったんだよ!すごいでしょー!」みたいな。。あんなノリに似てるなぁと思ったのです。で、読んだ人がお母さん役になってリアクション(書き込み)するっていう・・・。あー、みんないい人たちなんだなぁ、、とちょっと思ってしまいました。。(笑)私は子どもの頃から母親にも一切、そういう話をしなかったんですよ。。そのせいか、ちょっとあのノリには付いて行けなかったというのが正直なところです。(笑)
 それに、この手の書き込みって、大体が一往復でしょ。しかも、投稿者以外は他の人の書き込みに入っていきません。うーん、、あれをコミュニケーションと言えるかって話ですよね。。(笑)まぁ、当事者同士では一応、会話をしている感じにはなっていますが、“みんなでワイワイ”という感じではないように見えるんですよね。。ただ、それは当然の話で、投稿者から見ればレスしている人はみんな知っているけど、レスしている人同士は必ずしも知り合いではないんですよ。。よっぽどのことでもない限り、知らない人のレスに入っていこうとは思いません。逆に入って来られても、「えっ、何?」と思ってしまいます。そう考えると、SNSの人間関係って、なんだか不思議ですね。(笑)今の人は、これで楽しいのかなあぁ。。というか、これぐらいの人間関係で十分なのかなぁ。。
 また、ツイッターなどでは、ちょっとでも突飛な意見を言うと一斉に攻撃されてしまいます。いわゆる“炎上”ってヤツですね。これもまた一方的でね、、批判はするけど議論はしていないように思うんですよね。。おそらく、ネット上だけの人間関係だから簡単に批判もできてしまうのかもしれませんね。大げさに言えば、相手の実体を見ていない分、文字だけ見れば実際の人間がしゃべっているのか架空の文章なのか見分けが付かなくなっているのではないでしょうか。一度でも顔を見合わせて話をしていれば、相手の存在が浮かんで見える分、そんな無神経に批判もできないと思うんですけどね。
 おかげで、どんどん多様性を失ってしまっています。コミュニケーションの幅が広がれば、その分いろんな意見が出てきて当然だと思うのですが、あまり範囲が広がってしまうと多数派が少数派を飲み込もうとします。一人ひとりは特別強い主義主張を持っていなくても、それが多数派になると途端に強く出てしまいます。しかも、おのおのはそれが正義だと思っているところが厄介なんですよね。(笑)正義なんていうものは、立場や意見や状況によって変わってきます。それを数の論理だけで白黒つけてしまうのは抵抗を感じてしまいます。善し悪しはともかく、一人ひとりの主義主張をよってたかって曲げさせるというのは、ちょっとね・・・。
 まぁ、日本人は昔から“村社会”でしたからね。。ちょっと問題を起こしたり特異だったりすると、すぐつま弾きにされてしまいました。その習性がネットでも続いているのかもしれません。村の中は人数も限られていますが、ネットは人数が膨大で、地域も関係ありません。日本語が読めれば誰もがその参加者になり得てしまいます。ましてや、ハンドルネームを使うと、もう怖いもの無しですよね。(笑)ハンドルネーム、、、私も昔使っていましたが、それを使うことで一個タガが緩むんですよね。。自分でしゃべってはいるんだけど、自分の思っていることよりも2・3割増しでつい、頑張っちゃうのかもしれません。それが良い方向に進むといいのですが、ある意味、匿名性を利用して行き過ぎた行動をしてしまう人もいます。その結果、ちょっとでもヘンなことを言うと叩いて、その人の思いや意見を聞こうともしません。それでもまだ自分の意見があって叩くのならいいのですが、ただのノリでやってる人もいます。で、結局は人当たりのいい、誰もが共感するような意見ばっかりになってしまいます。誰もが共感するような意見ってさぁ、、それは意見がないのと一緒なんじゃないの?って思ってしまいますよね。(あ!今、俺うまいこと言った!? 笑)これじゃぁ多様性なんて生まれるはずがありません。

 残念ながら、実社会では障害者はマイノリティです。そんな私たちが、それを意識しないで居られる[ネット]という場所をやっと見つけることができました。ネットって、いろんな価値観や考えや表現方法がごっちゃになっているのが魅力だと思っていました。それが今では、はみ出すことを一切許さない、とても窮屈な場所になってしまったように思います。マイノリティで窮屈な思いをした障害者も、居場所が変わると今度はマイノリティを作る側になり得てしまうのです。まぁねぇ、、たしかに多様性というのは面倒くさいところもあります。でも、その面倒くささが、実は面白かったりするんですけどね。。(笑)逆に言えば、ネットって新しい価値観を見いだす場にもなると思うのです。その、“見いだすべき新しい価値観”というのはその種類が多ければ多いほど良いはずだと思うんですけどね。。その価値観を受け入れるかどうかは当人の問題だと思います。
 価値観が違うから相手を(大げさに)批判したり攻撃したりするのではなく、価値観の違う他者を認める、受け入れるとまではできなくても、聞いてみる・その意図を考えてみるというのも時には良いんじゃないかなと思います。
 誰もが多様性をもって自分の意見を言い合えるのがネットの最大の利点であり、強みだと思います。それを活かさないのは本当にもったいないですよね。今は、ネットの意見がすべてという風潮になっていますが、ネットなんてコミュニケーションのツールのひとつに過ぎないんですよ。そう思うと、もっと楽にネットと付き合えると思うんですけどね。。

 私の知っているコンピュータやネットはもっといいヤツだったのになぁ。。(笑)悪ものにされたり、厄介なものに思われていることが辛いです。

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