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若干、鼻につく・・・

 自分が好きで使っていた言葉でも、時間が経つとどこかピンと来なくなったり、「ちょっと違うな」と思うことがあります。
 私で言えば[多様性]とか、[自分らしさ]とか、あと[美学]なんていう言葉も以前は好んでよく使っていましたね。(笑)当時はこれらの言葉を本当に“良い言葉”だと思っていたし、何ならちょっとカッコいいと思って使っていました。
 ただ、じゃぁ今もこの言葉を素直に使えるかというと、ちょっと小っ恥ずかしいんですよね。。(笑)何だろう、、それだけ私の心が濁ってしまったんですかね。。(笑)中には恥ずかしいどころか、あまりにも一般的に使われすぎてちょっと鼻につくようになってしまった言葉も出てきました。例えば、[多様性]なんていう言葉は、最近あまりにも聞きすぎて若干(結構?)鼻につくようになってしまったんですよね。。(笑)
 もちろん、言葉自体は良い言葉なのですが、使い方が雑というか、、何でもかんでも[多様性]で片付けようとしている風潮があるように思えます。LGBTQの人たちや障害者の話題になると、最後は必ず「多様性や個性が大事」という言葉で終わります。そんなに俺らって、はみ出てんの!?って感じですよね。(笑)何かこう、あまりよくわからない事に対しても、[多様性]って言っとけばその場が締まるだろうと思って使っている人が多いように思えて、それが私にはどうにも鼻についてしまうんですよね。。(笑)もちろん、言っている本人には悪気はないんだろうと思います。ただ、あまりにも当たり前のように使われすぎていると「ずいぶん、便利な言葉になったなぁ」と思ってしまうのは、私がひねくれてるからでしょうか・・・。(笑)
 以前は私も、新しい言葉を覚えるとアホみたいに使い倒していました。もちろん、[多様性]も[自分らしさ]も覚えたての時はたいして深く考えずに、やたらと使っていた記憶があります。若い頃なんて、いかに自分を賢く、強く見せるかが全てでしょ!(笑)その時は確かに適切だと思って使った言葉なんですが、改めて見返してみると“無理矢理使ってる感”満載で、今思えば「青いな。。」と思ってしまいます。(笑)

 言葉以外でもありますよね。例えば、いわゆる“意識高い系”のかたたちが言う[エコ]とか、、あと今盛んに取りざたされている[SDGs]とかね。。もちろんすごく大事なことで素晴らしい考え方なのですが、私は、、何か“別のもの”を感じてしまうんですよね。。(笑)
 「私(たち)、社会の動きに敏感です!」みたいな。。ある種ファッション的な感覚でやっている人もいるように思うんですよね。。「今、これ言っとけば間違いないでしょう」みたいな。。(笑)いや、もちろんいいんですよ!意識高いのも、エコもSDGsも結構なんですけど、何て言うんだろうなぁ、、極端なんですよね。一方では上っ面をなぞって、やたらポーズばっかりな人もいれば、もう一方ではこれでもか!とストイックにやる人もいて、中間がないんですよね。。「もっと普通にやればいいのに。。」と思ってしまいます。。(笑)っていうか、わざわざ[エコ]だの[SDGs]だのって口に出さないといけないものなんでしょうかね。。
 以前も書きましたが、エコって、、私は「身の丈に合った生活」をしていれば、それだけでもう十分エコだと思います。「必要なものを必要な分だけ買って、それをとことんまで使い倒す。」これが一番のエコだと思うんですけどね。。近場のスーパーに高級車で乗り付けて、毎回違うエコバッグで買い物している人に「エコ!」「エコ!」と言われても何の説得力もありません。(偏見が過ぎるぞ!笑)
 SDGsについても、たしかに共感できる部分もあります。ただ、中には「それ、無理矢理ねじ込んだだろう!」と思うような項目もあって、それが「若干、鼻につく」部分なんでしょうね。。(笑)大体、17も項目があればどれかは当てはまるだろうって感じですよね。(笑)

 ただ、上のようなことは、本来はみんな良い言葉だったり良い考え方なんですよね。。なのにどうして鼻につくんだろう。。それだけ私の心がひねくれてるのか・・・。(笑)おそらく私の中では、「良いこと」とか「正しいこと」というのは“人知れず隠れてすること”という意識があるんでしょうね。それは、もちろん“照れくさい”というのもあるのですが、「その方がカッコいいだろう」的な、、「誰かがどっかで見てくれてるだろう」的な。。我々世代の価値観があるように思います。(良い悪いは別にしてね。)だから私も若い頃は、人前で堂々と良いことや正しいことをしている人を見ると「良い子ちゃんかよ!」と若干鼻で笑っていた記憶があります。今でいうところの「こいつ、やってんなー」って感じでしょうか。(本当にひねくれてんなー、)その経験が根底にあるので「若干、鼻につく」のかもしれませんね。
 今の人はそれを人前で堂々とできるし、それが当たり前なんですもんね。ネットやSNSが発達した今では、正しいことや良いことを言えば即、評価されるし、ちょっとでもはみ出た行動をすれば即、叩かれてしまいます。だから、初めから正しいことや良いことを言うのに何の照れもないんでしょうし、逆に言えば、そういうことを言っていないと自分を守れないのかもしれません。結果と効率性が重要視される時代に「誰かがどっかで見てくれてるだろう」なんて通じやしませんよね。(笑)そうして、正論ばかり言い続けると、ますますそうでないものが目立って肩身の狭い思いをしていき、さらに[ザ・正論]に飲み込まれていってしまいます。私のイメージでは、若い頃にイキがってちょっと生意気なことを言っていると、大人の人にガツンと正論を言われて、たじろぐっていう・・・。(笑)私も周りもそんな感じだったので、今の若い人たちを見ていると歯がゆいというか、、おせっかいながら「ちょっと息苦しくないか?」と思ってしまいます。でも、彼らはそれで満足しているんですもんね。
 ただ、何だろう、、正しいことや良いことのみを言ったりやったりすればするほど“人間味”を感じなくなってしまうのは私だけでしょうかね。。

 ここまで書いて思うのは、これからどんどん正しいことや良いことが是とされて、社会もどんどんクリアでスムーズになって行き、“まっとう”な世の中になっていくと、たしかに暮らしやすくはなると思いますが、反面、何とも言えない息苦しさを抱えるような気がします。まあねぇ、、「その言葉が一番適切だと思って使っている」というなら、「あ、そうか」とも思うし、「それが正しいことだと思ってやっている」ということならこれも「あ、そうか」と思うのですが、何の疑いもなくその言葉や行為を“ゴリ押し”されるとちょっとね、、「ムムム、」と思ってしまいますよね。(笑)やっぱり私は、ちょっとグチャっとした、“清濁何でもあり”の世の中が良いなぁ。。(笑)

 もしかしたら私が感じている「若干、鼻につく」というのは、この何とも言えない“息苦しさ”なのかもしれませんね。
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